犯罪の時と所(はんざいのときとところ)



  ある犯罪がいつ行なわれたか、またどのような場所で行なわれたかを決定することは、

 刑法や刑事訴訟法を実際に運用する上において、どんな場合にも必要です。

 何故かといえば、犯罪の行なわれた時がどうであるかによって、刑事訴訟法の

 「公訴の時効」というものが完成し、仮に犯罪が行なわれていたことは

 間違いないにしても、もはや起訴することは許されなくなりますし、

 また犯罪の行なわれた場所がどこであるかによって、その犯罪を

 起訴する裁判所を異にしてくるからなのです。

 そればかりではなく、一定の具体的な犯罪行為は、必ず一定の時および場所に

 おいて行なわれるものでありますので、これを明確にしなければ、

 果たして現実の犯罪があったかなかったか、

 それさえも確定するわけにはいきません。


  なお、我が国の刑罰法令のうちには、一定の時または場所をもって、

 一定の犯罪を構成する要件として規定している場合があります。

 例えば「外国が交戦している際に」、「火災の際に」、「水害の際に」、

 その他、いわゆる「限時法」(その法律で、あらかじめ定められた

 期間のみ、その刑罰は有効とする法律です)のような場合です。


  この「犯罪の時・所」の問題は、厳格にいうときは、「犯罪行為の時・所」の問題

 とは異なり、両者は理論的に区別されなければなりません。

 しかし、事を主として実際問題として考える場合は、概ね、「犯罪行為の時・所」

 を明確にすることによって当該の「犯罪の時・所」が決定されるのです。

 なお注意すべきなのは「犯罪の時・所」は「罪を構成する事実」

 そのものではありません。

 したがって、これらは、我が国の刑事訴訟法上「事実の認定は、証拠による」

 旨の規定を正面から適用されることはありません。

 しかし前述したとおり、一定の具体的事実は、常に一定の時・場所において

 のみ存在しますので、この両者は実務においては、少なくともいわゆる

 「緩やかな証拠」の程度で、これを立証すべきものとされています。


  「犯罪の時・所」を決定する必要は、特に「離隔犯」の場合に起こります。

 「犯罪の時・所」を定める標準に関しては、あるいは①行為の時・所をもって

 する必要があるとし、または②結果の発生のそれ、または、③中間に

 生じた事象をも考える必要があるとし、④行為および結果の両者を

 標準とすべきであるとし、あるいは、⑤行為、結果、中間事象の

 いずれをも考える必要があるというように

 見解は分かれています。


  この問題の解決は、要するに一国の法規が、この点をどのように

 規定しているかを検討することにあります。

 しかし、その明文を欠く場合には、理論によって合理的に

 解決しなければなりません。

 すなわち、犯罪は行為であり、行為は意思活動と結果との両者を

 含むが故に、犯罪は前者と後者いずれか一方の発生した

 ところに存在します。

 このような理由で、行為の行なわれた時および所も結果の発生した

 時および所も、いわゆる「犯罪」の時・所も決定する

 重要な標準となります。

 それでは前述の二者のうち、そのいずれを重くみて事を

 決定すべきかは、単に抽象的且つ概念的に

 論ずるべきではありません。


  要は、その場合に、そこにいう「行為」「犯罪」「罪」などが、

 果たして何に主をおいて問題としているのかを精細に吟味し、

 それが主として意思活動の演じられた時・場所を指すのか、

 それとも法益の侵害という結果の発生した時・所を

 重視しているのかを子細に吟味・洞察することに

 よって、はじめてそこにいう「犯罪の時・所」は

 適正且つ合目的的に決定されることと

 なるのです。