ナーグラー(Nagler)が1938年に提唱した不真正不作為犯についての保障人説は、
それがだんだんと取り入れられるようになると、二つの見解に分かれるように
なりました。
その一つは、①「保障人的地位」というものと「保障人的義務」というものとを区別し、
②前の保障人的地位は構成要件の要素であるが、後の保障人的義務は
構成要件には属しないという見解です。
これは、「区別説」といわれるものでありますが、この見解からは、前の保障人的
地位というのは、結果を防がなければならない法的な作為義務を発生させる
もと(基礎)になる事情のことであり(換言すれば、法的な義務がそこから
出てくる前提条件となる事実といってもよろしいです)、後の保障人的義務
というものは、保障人的地位から出てくる結果を防がなければならない
法的な義務のことである、とされています。
例えば、父親のAの前で、その子どものBが足を踏み外して側に落ちて溺れかけて
いる、という場合に、この見解からは、
①Aがその溺れかけている子どもBの「父親」であるということは、この場合に、
AにBを助けなければならない義務を生じさせるもと(基礎)になる事情
なので「保障人的地位」であり、
②AがBを助けなければならないという義務は、Aが溺れかけているその子ども
Bの父親であるという事情(すなわち、保障人的地位)に基づいて生じる
義務なので、「保障人的義務」だとされています。
もう一つは、結果を防がなければならない法的な作為義務を発生させるもと
(基礎)になる事情と、そこから出てくる結果を防がなければならない法的な
義務とを一つのもの(一体のもの)として捉え、これを「保障人的義務」
と称し、この「保障人的義務」は構成要件の要素である、
とする見解です。
これは、「統合説」(統一説)と呼ばれています。
この二つの見解の相違は、例えば
①父親Aが自分の子どもBが川に落ちて溺れかけているのを見たが、誤って
それは自分の子どもではないと思って、見て見ぬふりをしていたため、
Bは溺死してしまった、という場合と、
②Aは溺れかけているその子どもを自分の子どもBだとは思ったが、
何かの理由で、別に助けなくてもよいと思ってそのままにして
いたため、Bは溺死してしまった、という場合、
との二つの取扱いが出てきます。
すなわち、
(イ)区別説からは、①の例では、Aには、構成要件の要素である保障人的な
地位についての錯誤があるので、Aは、構成要件の錯誤であるが、
②の例では、Aには、いわばBを助けなければならない義務に
ついての錯誤があるのだから、Aは、禁止(違法性)の
錯誤であるとされる。
これに対して、
(ロ)「統合説」からは、この二つの例のどちらも、
Aには構成要件の錯誤がある。
とされます。
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