手形で請求を受けた手形債務者が、所持人に対して、一時的または半永久的に支払いを断る理由として、正当に主張できる事由のことです。
 普通、抗弁権といえば、同時履行、催告・検索のように、相手の請求権は認めながら、履行を断ることをいうが、手形では、所持人資格はあるが、実質的には権利者でない、という場合もあるので、所持人の無権利を主張する抗弁(無権利の抗弁)も含まれます。
 普通の指名債権の譲渡では、譲受人丙は、譲渡人乙の権利をそのまま引き継ぐので、債務者甲としては、乙に対して主張できた抗弁をそのまま丙に対しても主張できます。ところが、手形の譲渡や質入れでは、証券法的な方法で手形を譲り受けた以上は、譲渡人に関する抗弁に煩わされないこととしないと、安全でスピーディーな手形の流通が期待できません。そこで法は、手形で請求を受けた債務者甲は、所持人の前者乙に対しては主張できた抗弁があっても、裏書(または文付譲渡)で手形を譲り受けた現在の所持人丙に対しては、それを主張できないこととしています。
 このようにして、手形抗弁は、もともと直接の当事者に対してしか主張できない性格を持っており、これを人的抗弁といいます。
 人的な手形抗弁としては、まず、
 ①所持人が権利者でないこと(「手形の拾得者である」、「手形の盗取者である」、「手形に書かれた権利者と同一人ではない」など。)
 ②所持人が悪意取得者であること。
 ③所持人に実質的な受領資格がないこと(「破産者だから支払いを受けられない」、「手形金受領の代理権がない」)など、すべての債務者から、特定の所持人に主張できる抗弁として、
 ④支払いをする原因がないこと(「原因契約が要素の錯誤で無効だ」、「民法一〇八条、会社法三五六条違反の取引だ」、「原因である売買契約が解除されている」、「弁護士法七二条違反だ」、など)。
 ⑤原因関係に同時履行の関係があること(「売買の目的物を受け取っていない」、「割引の対価を受け取っていない」など)。
 ⑥当事者間の特約で決められたこと(「融通のための振出しであって振出人には迷惑をかけない」、「見せ手形だから請求しない」、「旧手形を返してくれた時に新手形の責任が発生する」、「金額の白地を一〇〇万円だけ補充できる」、「この手形は第三者に譲渡しない」、「譲渡裏書の形式はとるが取立てを委任する裏書だ」、「一〇日間支払いを猶予する」など)。
 ⑦手形の交付行為が欠けているので、手形責任が発生していないこと。
 ⑧手形は受け戻さなかったが、支払いや償還をしたり、債務を免除されたこと(手形を交付せずに相殺したことも同じ)。
 ⑨反対債権で相殺すること、などの抗弁があります。
 

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