一般に因果関係を認定するためには、前提として、「もしその行為がなかったならば

 この結果は発生しなかっただろう」という条件関係が肯定される必要がありますが、

 公害などの新しい事象については、原因・結果の間の詳細の因果経路が現代の

 医学水準ではまだ充分に解明され得ない場合が生じてきます。

 そこで、そのような場合、統計的手法による大量観察の方法を用いて結果発生の

 蓋然がいぜん性を証明することが民事訴訟の分野で認められるようになりました。

 これを疫学的証明といい、これによって証明された因果関係を

 疫学的因果関係といいます。

 なお、「疫学」とは、公衆衛生、疫病予防のために、疾病を集団的・大量的に

 観察することにより、発病に作用する原因の解明を目指す学問です。


  問題となるのは、刑法学上の因果関係の立証にもこの方法を用いることが

 許されるか否かです。

 確かに、如何なる場合にも因果経路の完全な立証を要求することは、現代科学の

 下で検察官に不可能を強いる面も否定できませんし、また、疫学的証明も

 一種の情況証拠による証明方法であり、他の情況証拠の場合と同様に

 因果関係認定のためその利用を認めてもよいように思われます。

 しかし、刑事裁判では、民事裁判におけるのと異なり、

 「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則が支配している

 ので、検察官に拳証責任があるとともに、有罪を

 認定するためには「合法的な疑いを超える程度」

 ないし「確実性に接着する蓋然性」の証明が

 要求されます。

 したがって、単なる「蓋然性」の証明である疫学的証明を刑事裁判に

 導入するには、特に慎重でなければなりません。

 具体的には、疫学的証明自体の信用性・精度等を厳密に検討し、

 疫学的証明が病理学的証明などや他の情況証拠と相俟あいまって

 「合理的な疑いを超える程度」に到達した場合に限って、

 条件関係を認定することが許されるでしょう。